「あの日」の前の記憶へ? 夢の涙
こんにちは。
数あるサイトからこのブログに訪問頂き、ありがとうございます。
ここでは6年前の2008年3月に、私が大熊、浪江、富岡に出張に行ったときの合間に撮影した写真を公開してきました。
いかがでしたでしょうか?
私は行ったことないところや滅多に行かないところはよく写真に撮るので、出張で行った大熊、ホテルで泊まった浪江・富岡の写真がこんなに残っていたのだと思います。
当時はそんな軽い気持ちで、どうせ撮ってもすぐにハードディスクにお蔵入りとなって数年後に(今回のように)出てきて「あぁ、懐かしいなぁ・・・」と一人感傷に浸ってまたお蔵に・・・という流れだったと思います。
しかし、3年前の東日本大震災はこの「被写体たち」の姿、周りを一変させてしまいました。
出張の時にお世話になった町はどう変わってしまったのか。
記事ではあえて触れませんでしたが、Google Mapやストリートビュー、各サイトを見ると「あの日」の様子や、現地入りした方々が撮影した現在の姿をいくらでも見ることができます。
(当初、撮影した写真とストリートビューの写真とを比較した記事を計画していましたが、被害に遭われた方々の心情に配慮し、見合わせました。なので「あの日」以後の内容は極力控えてあります)
しかし、「あの日」よりも前の風景は、そこにいた方の記憶の中や撮影した写真でしかもう見ることができません。
今の変わり果てた街の姿も復興が進むにつれて見ることができなくなってしまいますが、窓ガラスが割れ、建物が倒壊し、雑草が生い茂り、ゴーストタウンと化した故郷の姿を誰が好んで見たいでしょうか。
震災から3年が経ち、復興は徐々に進んでいますが、福島第一原発周辺だけは復興はおろか、復旧すらままならない状態です。
みんなが見たいのは、復興を成し遂げた故郷の姿と、「あの日」の前の、当たり前のように眺めてきた風景です。
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こうしてみると、こうなることが分かってて写真を撮っていたような感覚さえしてきます。
「あの日」以降の写真や記録は現在進行形で増え続けていますが、「あの日」よりも前の写真は減り続ける一方です。
そこで今回の公開に踏み切った次第です。
ブログを見ていただき一人でも多くの方に懐かしんでいただくことができれば、これ以上の喜びはありません。
福島の復興なくして日本の復興なし
最後までお読みいただきありがとうございました。
皆さんの心に、爽やかな青空が広がりますように。